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価値発見に焦点化した振り返りワークショップの意義と、その教育学的分析

さくらインターネット研究所に8月から所属している朝倉です。
他の研究員とは研究分野が異なり、教育学(中でも臨床教育学)の研究をしています。
当研究所のチーム作りにおいて重要なポイントである「コラボレーション」について、上級研究員の坪内さん( @yuuk1t )による記事「リモートワークによる孤立から結束へと向かうチームビルディング」が公開されましたが、筆者はこの記事で取り上げられている「コラボ会」の振り返りを企画・実施しました。
本記事では、コラボ会振り返りワークショップの意義や、コラボレーションとの関係性について教育学的視点からご紹介します。

振り返りの目的と手法の検討経緯

振り返りの提案(言い出しっぺ)はコラボ会提案者である @yuuk1t さんですが、振り返りを何のために行うのかという点については参加メンバーで協議することになりました。その際、どちらかというと課題を整理して次のアクションを考えるための「効率的な振り返り手法」に関心が向きがちだったのですが、そもそも振り返りの目的として「課題を整理して次のアクションを考えること」が適切なのか?という疑問が筆者の中に浮かびました。

メンバーからもあまり意見が出てこなくなったこともあり、結論は持ち越すことになったのですが、振り返り会の企画を数名でコラボしようということにもなったので、筆者も手を挙げて参加させてもらうことにしました。

コラボ会が「コラボレーションを促進する場」であることを念頭に置き、さらにタイミングとしてはスタートして約半年、すでにいくつかのアウトプットは出せていてメンバーもある程度の満足感を感じている様子がうかがえる状況を考慮に入れ、目的も含めてワークショップでの振り返りを筆者が企画提案させてもらうことになりました。

「ワークショップ」とは

ここでワークショップでの振り返りを提案した意図や、ワークショップそのものの教育学的な説明に触れたいと思います。

ワークショップという言葉は、一斉講義型の講座以外の体験型講座として大雑把に捉えられがちなのですが、「体験会」「ハンズオン」などと「ワークショップ」の違いを聞かれて答えられる人はあまり多くないと推測します。ワークショップには教育学としての意味付けがなされており、教育方法の一つとして捉えることができます。振り返り会の企画会議では、ワークショップの研究者による定義を引用し、まずはワークショップについて理解を深めてもらうところから説明を行いました。

今回の振り返り会をワークショップの形で行うことの意義としては、この定義にもあるようにワークショップが「参加者自ら」が「共同で」創造する場であり、「コミュニティ形成」のための「他者理解」の場であることがコラボ会の目的と共通しているため、新たな気付きにつながることを期待できると考えました。

そして、重要なのがワークショップ自体が「ゴール」や「目的」ではないこと。それが「エクササイズ」と定義されているように、結論を導き出すことや一つの合意に達するという目に見える成果へのこだわりよりも、参加者の自発的な参加や共同、コミュニティを形成するための試行錯誤のプロセスに重点が置かれていると筆者は捉えています。

特に、筆者も含めて実際に会って話す経験や、研究の共通項が少ないメンバー同士がお互いをよく理解し、真のコミュニティを形成する土台作りを行うにはこのような取り組みが向いているのではないかと思います。この取り組みを通して筆者が研究している教育学(臨床教育学や社会構成主義学習観)についてメンバーに紹介する機会にもなりました。

また、苅宿俊文(2017)によると、ワークショップを構成する要素には

  • 協働性
  • 即興性
  • 身体性
  • 自己原因性感覚

の4つがあり、非日常的な経験としてのワークショップに意味があるとしています。いつもと同じスタイルではないからこそ、当たり前だと感じていたことを改めて考えたり、定型化していたことが壊されることによる気付きがあったりするのです。

ワークショップデザインは、参加者の自発的な参加を促し、こうした要素を無理なく経験できる「仕掛け」を散りばめ、目的に向かって協働できるような場の設計を行うということです。

価値発見を目的とした振り返り

今回のワークショップでは、目的を「コラボ会についての気付きを交流することを通じて、コラボ会の価値を発見する」としました。

振り返りをしようとすると、どうしても今感じている課題の抽出とその解決策の検討に終始してしまい、「そこにある価値は何だったのか」ということに対してあまり目が向かずに終わってしまうことはよくあることです。90%以上は良い効果を生んでいるのに、それには触れずに10%の改善すべき点だけを話し合っても、続けていくことがだんだんつらくなっていくかもしれません。振り返りがギャップアプローチの繰り返しにつながらないようにするためには、まずそれぞれが感じているコラボ会の価値を共有し、言葉にして伝えあうことが大切です。そこに価値があるから、もっと良くするための検討に意味が出てくるのだと思います。

ワークショップで大切にしたい「協働性」「即興性」「身体性」「自己原因性感覚」(刈宿, 2012)の要素を取り入れ、オンラインでコラボしながら参加者の感じる多様な価値に気付いてもらうために作ったのは「インタビュー記事を作ろう」というワークです。ワークショップ全体はメインのワークを含めて1時間で計画しました。

協働性

記事をつくるというクリエイティブな取り組みを2人で協力して行うことで、コラボ会の価値を発見して効果的に伝えてもらうことができたのではないでしょうか。

記事の執筆は個人作業ですが、インタビューを取り入れることにより記事を書くための情報収集の場面で協働する必要がありました。各グループで相手の話しやすい雰囲気づくりや、話を引き出すためのコミュニケーションなどを工夫してワークに取り組みました。

即興性

インタビューを行うことを通じ、相手からコラボ会の価値を「聞き出す」という即興性の高いコミュニケーションが生まれます。たくさん話してもらうためには、心を開いたコミュニケーションの場づくりを心がける必要があります。インタビューした内容を読み手にとってわかりやすく好意的に伝えるための文章を考えることを通じ、相手の意図を深く洞察したり、質問を重ねてより深く知ろうとすることにもつながります。順番に意見を述べる方法よりも、楽しくお互いへの理解が深まることを期待しました。

身体性

記事に掲載する写真は、インタビュアーが記事に適したポーズや表情などを考え、相手にリクエストして撮影してもらいました。

作った記事の共有の場面では、アナウンサーになったつもりで他の誰かが作ったニュースを読み上げるというワークも取り入れています。声に出してアナウンスすることにより、個々が黙読するよりも記事に込めた思いが伝わることを期待しました。

自己原因性感覚

自分の考えを記事にするのはペアになった相手ですが、コラボ会の価値を伝えるための記事に仕上げるにはインタビューに協力した自分自身の関与があるということを意識することになります。また、このワークショップの雰囲気は参加者全員が関与して作られます。

コラボ会というコミュニケーションの場を作り上げるのは参加者一人ひとりの参加に向かう態度であることと、このワークショップによる一時的な場づくりとはつながっていると言えます。

ワークショップ全体の流れ

ワークショップで得た気付き

それでは、このワークショップでメンバーが得られた気付きがどのようなものだったのか、成果物をご紹介しながら振り返ってみたいと思います。

課題の共有や合意形成がしやすくなった

研究所ではメンバー一人一人に裁量が与えられ、それぞれ自分自身の目的に向かって研究を推進していますが、研究所という組織の一員として他にも「しなければならないこと」「した方が良いこと」があります。気付きを持ち寄って気軽に相談することができる場があることで、その気付きを課題とするかどうかも含めた合意形成を行い、取り組みを進めることができるようになりました。

気軽な中にも「雑談で終わらない生産的な活動を促進する場」として価値を見出しているメンバーがいることがわかりました。また、他の人の課題もみんなで一緒に考えたいというメンバーの思いも伝わってきます。

具体的なアウトプットを通じてメンバーから学ぶことができる

コラボ会の中で、メンバーが主体的に活動する様子に影響を受け、それをお手本として学べることに価値を見出しているメンバーもいました。

コラボ会の目的でも「多様な情報の収集と新しい視点での議論に基づく『理解』が必要」とされていますが、それを価値として実感できた具体例と言えるでしょう。

「仲間意識」の醸成に役立っている

研究所のメンバーは、中長期的な目標に対してそれぞれが個人の裁量で日々取り組みを進めていたり、いろいろな働き方のメンバーが在籍しているため、プロジェクトを共にしているメンバー以外との交流の機会が少なく、「チームへの貢献」という面ではその糸口を見つけることが難しいと感じるメンバーも少なくありません。

「チームをもっと良くしたい」「チームに貢献したい」「もっとみんなと仲良くなりたい」という気持ちを持っていることをお互いに共有することで、仲間意識がより強くなっていく効果に価値を見出しているメンバーもいることがわかりました。

コラボ会の目的の中にも「エンゲージメントとインクルージョンを相互サイクルを満たすことにより、コラボレーションの向上を目指す」がミッションとして掲げられていますが、それを裏付ける結果となっているのではないでしょうか。

コラボ会自体がコラボ!

インタビュー記事づくりのワークを終え、日を改めて作成した記事を見ながらコラボ会の価値をもう一度考える機会を持ちました。その中で出てきたのが「コラボ会自体がコラボ」という言葉。コラボレーションを促進する場を「メンバーが主体的に作っている」ということ自体に価値があるという気付きでした。

共同エージェンシーを生み出すという価値

ここで、メンバーの気付きからさらに教育学的な分析に広げてみたいと思います。

日本の学習指導要領にも影響を与えるOECDのEducation2030プロジェクトでは、「エージェンシー」という能力に着目しています。OECDではエージェンシーを「変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任を持って行動する能力」(OECD, 2019)と定義しています。さらに「エージェンシーは、自分一人だけで育まれるものでなく、親や仲間、教師やコミュニティなど、周囲との関係性の中ではぐくまれていく。」(白井, 2020)と捉えられており、それは「共同エージェンシー」として説明されています。

共同エージェンシーにはレベルがあり、OECDでは学生とともにそれを「太陽モデル」として示しました。

白井俊(2020)『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』ミネルヴァ書房, p97

この共同エージェンシーの太陽モデルは、想定される登場人物の置き換えによって職場でのコラボレーションのレベルを検討する際も参考になるのではないかと考えました。

  • 0 沈黙(メンバーが一切貢献しようと考えていない状態)
  • 1 操作(組織の責任者が自らのプロジェクトをサポートするためにメンバーを利用し、あたかもメンバーの発案であるかのように見せかける)
  • 2 装飾(組織の責任者が主導して実行することをメンバーが助ける)
  • 3 見せかけ(自分たちの活動について、メンバーは全くあるいはほとんど影響を与えることができない)
  • 4 メンバーは組織の責任者に指示されているが情報は与えられている
  • 5 組織の責任者が主導しているが、メンバーの意見も採り入れている
  • 6 共同での意思決定だが組織の責任者が主導している
  • 7 上下関係のないメンバー主導による意思決定を行っている
  • 8 上下関係のないメンバー主導だが、組織の責任者との対等なパートナーシップの下で協働して意思決定を行っている

このモデルは、0から8までのレベルが示されてはいるものの、梯子を上るように一方的に進むものではなく、行ったり来たりするような循環的な関係(白井, 2020)があることを示しています。

コラボ会の参加者は同時に主体的にコラボ会を運営する立場でもあり、その経験はチームビルディングを学ぶことや、より良いチーム作りへの貢献、チームへの帰属意識にもつながっているということが、ワークショップによって明らかになりました。このことを共同エージェンシーの太陽モデルに置き換えて検討すると、7もしくは8の非常に高いレベルでの共同エージェンシーが生み出される場となっていることがわかります。

ただし、民間企業の一員としてさまざまな業務に携わる時、時には共同エージェンシーのレベルが比較的低い場面にも遭遇する可能性があります。それは、共同エージェンシーを発揮する場面が少ない業務を否定するものではなく、業務の特性や目的によって適したレベルが異なるものとして捉える必要があります。

コラボ会実施の目的には「『不確実性』に対処するには、多様な情報の収集と新しい視点での議論に基づく『理解』が必要であり、理解のために、チームワークとコラボレーションの向上が必要である。」とあり、今回のワークショップによって非常に高いレベルでの共同エージェンシーを発揮できる場であることが確認できました、共同エージェンシーのレベルが高いことから、そこに参加する個人のエージェンシーの発達を促す場であると言えると思います。

まとめ

筆者にとってもこのような機会を得て自身の研究分野の知見を活かした活動をメンバーと共に行うことができたという経験は、研究分野の異なるメンバーとのコラボレーションが意味のあることであると確認ができ、自身の研究につながる気付きをもたらしてくれるものでした。

教育とはもともと文化の伝承という意味も含んでいますが、様々な先端技術の研究・開発を行い、新しい文化を創造していく研究者と、実社会との橋渡しをしていく役割が自分にはあるのではないかと考えています。

コラボ会の目指すコラボレーションの構造の第2層「つながる」、第3層「ともに創る」への可能性を、このコラボ会振り返りワークショップによって少しでもメンバーが感じとることができたのであれば幸いです。記事に掲載された写真を見ていただけるとわかるのですが、参加者のポーズに動きがあり、自然でリラックスした笑顔の写真は、撮影者に心を開いているからこそのものであり、これもコラボ会の価値を表す証なのではないでしょうか。

下期以降、この活動は「価値あるもの」として継続していくことになりますが、その価値をさらに高めていくためにどのようにしていくのが良いのか、メンバーはすでに考え始めています。今後のコラボ会の成果についても随時アウトプットしていきますので、どうぞご期待ください!

参考文献

中野民夫(2001)『ワークショップ:新しい学びと創造の場』岩波書店

苅宿俊文(2012)『「ワークショップをつくる」まなびほぐしのデザイン ワークショップと学びシリーズ3』東大出版会

苅宿俊文(2017)「ワークショップの成り立ちとワークショップの学び」『情報処理』58(10),884-887, 情報処理学会, [https://ipsj.ixsq.nii.ac.jp/ej/?action=repository_uri&item_id=183331&file_id=1&file_no=1]

白井俊(2020)『OECD Education2030プロジェクトが描く教育の未来』ミネルヴァ書房