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宮城教育大学附属小学校によるコンピュータサイエンス教育の取り組み紹介と、その意義に対する考察

さくらインターネット研究所で教育学の研究をしている朝倉です。

11月18日(金)に行われた、宮城教育大学附属小学校のコンピュータサイエンス教育実証研究公開研究会を見てきました。宮城教育大附属小学校とNPO法人みんなのコードが協力し、2020年9月からコンピュータサイエンス教育(以下CS教育)のカリキュラム開発に向けた実証研究をスタートさせてから3年目の取り組みということで、非常に楽しみにしていました。

昨今の教育(主に小学校)における新しい概念を自分なりに少し整理しつつ、この取り組みの意義について考察してみたいと思います。

プログラミング教育とCS教育は何がどう違う?

プログラミング教育とプログラミング的思考

2019年までは、小学校で新たに取り入れられる「プログラミング教育」が話題の中心でした。しかし、実は2017年に改訂された小学校学習指導要領には「プログラミング教育」という言葉の記載はなく、情報活用能力を育成するために「プログラミングを体験しながら」学習活動を行うとされています。この「プログラミングを体験しながら行う学習活動」についてわかりやすく現場の先生方に伝えるために、学習指導要領とは別に「小学校プログラミング教育の手引」が文部科学省から公開されたため、小学校の先生方には一般的に「プログラミング教育」という言葉で共通理解されています。

プログラミング教育を具体的にどのような方法で行うのか?という点においては、「プログラミング的思考」という言葉を用いて説明されています。
プログラミング的思考は、プログラミングを行うプロセスの中で必要になる考え方であり、それはいろいろな教科と関連付けながら、プログラミングの体験を通して身に着けていくとしています。
小学校で「プログラミング教育の実践」と言う場合、基本的にはこの範囲の実践を指し、教科ではありません。

GIGAスクール構想

2020年に入ってすぐに新型コロナウイルス感染症(以下コロナ)による混乱が始まりました。小学校の学習指導要領が開始されるほんの少し前からこの混乱が始まってしまい、国はそれ以前から情報活用能力育成を効果的に進めるために予算の確保をしていた「GIGAスクール構想」を前倒しして実施することを決めます。
「プログラミング教育」は学習活動の一つの方法ですが、「GIGAスクール構想」は学習を支える環境を整えるための予算措置のことです。

デジタル・シティズンシップ(DC)教育と情報モラル教育

2020年4月に行われた「初等中等教育分科会(第125回)・新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会(第7回)合同会議」では、委員であった認定NPO法人カタリバ 代表理事 今村久美氏が「デジタル・シチズンシップ教育」を推進すべきと提言し、話題となりました。
GIGAスクール構想の前倒しによって1人1台端末の配布は多くの自治体で実現したものの、学習のために児童・生徒の意志で自由に使うことができていないという問題が持ち上がり、文部科学省だけでなくICTに関するさまざまな政策に関係して経済産業省、総務省、内閣府などもこの「デジタル・シティズンシップ(以下DC)」という用語を使うようになりました。

「情報モラル教育」は平成20年度3月改訂の小学校学習指導要領にも記載があり、以前から行われていた教育です。現行の小学校学習指導要領解説(総則編)には、以下の定義が示されています。

情報モラルとは,「情報社会で適正な活動を行うための基になる考え方と態度」であり,具体的には,他者への影響を考え,人権,知的財産権など自他の権利を尊重し情報社会での行動に責任をもつことや,犯罪被害を含む危険の回避など情報を正しく安全に利用できること,コンピュータなどの情報機器の使用による健康との関わりを理解することなどである。

【総則編】小学校学習指導要領(平成29年告示)解説

「情報モラル教育」から「DC教育」への転換の必要性については、前述したカタリバ今村氏による提言において以下のように表現されています。

現在の『情報モラル教育』は、個々の安全な利用を学ぶものであるのに対し、『デジタル・シティズンシップ教育』は人権と民主主義のための善き社会を創る市民となることを目指すものである。それは、個人のモラル教育ではなく、パブリックなモラル教育とも言える。利用を躊躇させる情緒的抑制から、賢く使う合理的活用ができる人材育成へと、転換をすべきである。

Withコロナ社会において、いま検討すべきこと

CS教育とプログラミング的思考

CS教育については、小学校学習指導要領改訂前に行われていた「小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議」の第2回議事録にその議論を見ることができます。この中でイメージされていた内容としては、大学などで学ぶ専門的なCSであり、その理論は算数や数学との関連性が強いものであるということ。第3回の議事録ではCSについての言及は見られないにしろ、第2回の議論の内容を踏まえると、小学校以降も含めた体系的なCS教育を見据えた「プログラミング的思考」の育成という方向でまとまっていきました。

情報教育の用語マッピング

さらに理解を深めるため、これら情報教育の学習活動に関する用語を、「科学的理解」と「社会との関連性」という2つの軸でマッピングしてみました。

情報教育の用語マッピング

ICT活用、情報モラル教育、プログラミング教育については、比較的狭い範囲のスキル習得に絞った学習活動であり、他の学習活動と組み合わせて実施されるものと認識しています。また、基本的には成績評価を伴いません。
ある程度現状の学校現場における指導実態に寄り添った内容でもあるのではないでしょうか。

対してCS教育、STEM・STEAM教育、DC教育は現行の指導実態のままでは実現が難しい教育の枠組みであり、それぞれに特徴がありながらもどれも科学的理解、社会との関連性ともに高いものを目指していると思います。
CS教育はコンピュータや情報技術に対する科学的な理解を中心に据えつつそこからコンピュータと人間や社会とのつながりを理解していくもの、STEM・STEAM教育はコンピュータや情報技術を使った具体的なものづくりを通して社会課題を考えたり、リベラルアーツにつながるもの、DC教育は「デジタル社会における善き市民」になることを目指しメディア発信の実践を中心とした情報技術の理解を進めるものです。

CS教育については、前述した通り現在の学習指導要領における「プログラミング教育」にも議論の過程において考慮されています。
しかしながら、限られた時数でのプログラミングの体験でCS教育に含まれる知識を獲得することは難しいでしょう。

宮城教育大学附属小学校のCS教育の取り組み

東洋経済ONLINEの記事によると、宮城教育大学附属小学校の現在に至るまでのCS教育の取り組みについては、以下のように記されています。

同校の情報教育への取り組みは早かった。2018年度に「情報」の時間を設け、情報活用能力の育成やプログラミングのカリキュラム開発に着手し、19年度には宮城教育大学教授の安藤明伸氏の助言も得て「情報の科学的な理解」の扱いを含めた「CSの時間」をスタートさせた。

さらに20年以降は、附属小、大学、NPO法人みんなのコードの三者協働の実証研究プロジェクトとしてCSを教科化し、カリキュラム開発と授業研究に取り組み、公教育におけるCS教育のモデルケースの作成を進めている。

宮城教育大学附属小が「コンピューターサイエンス」を教科化した理由
根底にあるのは「デジタル・シティズンシップ」
東洋経済ONLINE

引用した記事のサブタイトルには「デジタル・シティズンシップ」とあり、CS教育のベースにDC教育の視点があるとされています。
みんなのコードから発行されている本実証研究の報告書にDC教育の文言は見当たりませんが、カリキュラムに位置付けている「情報モラル」に関しての言及であると推測します。

2020年度版および2021年度版の本実証研究報告書の概要には、実証研究の目的として以下のように記載されています。

日本の公教育におけるCS教育のモデルケースとなるべく, カリキュラム開発及び授業研究を進める。小中学校を併設する宮城教育大学の特質を生かし, 9年間の義務教育期間を通じた指導計画の作成や, 2030年頃に改訂が予想される次期学習指導要領への教科としての導入も見通しつつ, CS教育の重要性について提言を行う。

「コンピュータサイエンス教育」のカリキュラム開発に向けての実証研究
(2020年度・宮城教育大学附属小学校 / NPO法人みんなのコード)報告書

実証研究の方法、評価や分析については以下のように言及されています。

2020年度においては, 宮城教育大学附属小学校の1~6年生で指導内容の系統表の中から授業実践の要素を選定し, 年間10時間程度を実施する。その際の児童の反応や変容を基に, 系統表の段階を見直すとともに指導過程の改善を図る。

 また, 児童と教員へのアンケートを実施(年間並びに単元ごと)し, その結果からCSに関する認識がどのように変容したか分析する。

「コンピュータサイエンス教育」のカリキュラム開発に向けての実証研究
(2020年度・宮城教育大学附属小学校 / NPO法人みんなのコード)報告書

今年度は2年目を迎え, 指導内容の系統表の中から昨年度の実践を受け継ぐものに加え, 新たな要素を選定して, 各学年とも年間10時間の授業を実施する。その際の児童の反応や成長についてのみ取りを基に指導過程の改善を図るとともに, 最終年度に年間20時間程度の授業を実施するための見通しを立てる。

 また, 児童と教員へのアンケートを実施し, その結果からコンピュータサイエンスに関する知識がどのように変容したか分析する。

「コンピュータサイエンス教育」のカリキュラム開発に向けての実証研究
(2021年度・宮城教育大学附属小学校 / NPO法人みんなのコード)報告書

この研究発表会の全体会(参加者に事前に共有された動画)では、2022年度は年間の時数を20時間に拡充したことが報告されていました。
また、東洋経済ONLINEの記事では、「CS科」のカリキュラムについて以下の通り解説しています。

CS科は、米国のCS教育を推進する各種団体が作成したガイドライン「K-12 Computer Science Framework」を参考に、「コンピューターの仕組み」「ネットワーク技術」「アナログとデジタル」「データと分析」「メディアの特徴」「プログラミングとアルゴリズム」「コンピューティングと社会の関わり」という7つの柱と、「情報モラル教育」という要素で構成し、学年の発達段階に応じて系統的に学びを展開している。

宮城教育大学附属小が「コンピューターサイエンス」を教科化した理由
根底にあるのは「デジタル・シティズンシップ」
東洋経済ONLINE

これらの情報をまとめると、宮城教育大学附属小学校のCS教育は以下のような取り組みです。

  • CS科という教科が1年生から6年生まで学校独自に設定されている
    • 各学年年間10時間(2020年度、2021年度)または年間20時間(2022年度)で学ぶ
    • カリキュラムは「K-12 Computer Science Framework」を参考にして組まれている
      • コンピューターの仕組み
      • ネットワーク技術
      • アナログとデジタル
      • データと分析
      • メディアの特徴
      • プログラミングとアルゴリズム
      • コンピューティングと社会の関わり
      • 情報モラル教育
    • CS科のベースには「DC教育」がある
  • 次期学習指導要領にCSを教科として導入していくために、CS教育の重要性を提言したい
    • カリキュラムのブラッシュアップを進めている段階である
    • 児童と教員へのアンケートにより、その認識の変容を分析する

4年生の授業「どうなってルーレット」を参観して

授業の指導案を含む細かい内容については、参加者のみに公開されている情報であるためここでは割愛し、大雑把な授業の内容と学習指導要領でのプログラミング教育との違いやCS教育らしさを感じる点について触れていきたいと思います。

今回参観した4年生の授業は、Scratchを用いたルーレットづくりを前時までに行った上でそのプログラムを改善する活動を通して行っています。
作成したプログラムデータを共有(Scratchの機能として持っているクラウド共有ではなく、ローカル保存したものをGoogleドライブでクラス内に共有)した上でデータのコピーについて考え、そこから発展して著作権(中でも「クリエイティブコモンズ」)について考えるというものでした。

データのコピーについては、先生の「Google Classroomにデータを提出してね」の声掛けに児童は当たり前のように応じ、特に質問もなく淡々と進んでいきます。データとフォルダの関係や、クラウドサービス上のデータがどこに行くのか?などもCSの中では必要な知識となると思いますが、このあたりはすでに学び終えた上で使い慣れているといったところでしょう。

ただ、自分の作品をコピーされることに対する考えを聞いたとき、児童の意見の中には「(共有フォルダにコピーしたことによって)自分の作品が勝手に改変されてしまったのが嫌だった。」という声があったように思うのですが、Googleドライブ上の共有フォルダにコピーしたプログラムが改変された(改変したプログラムで誰かが上書きした)としても、自身のローカルやGoogleドライブのプライベートフォルダにある元データで再度上書きすると元に戻せるといった説明はなかったように思います。
「コピー」するということは同じファイルが複数あるということですので、バックアップという意味合いでその良さについてもう少し考えてみても良かったかもしれません。

恐らく今回バックアップについて触れなかったのは、どちらかというと著作権やそれを守るためのルール(クリエイティブコモンズ)の方にねらいの主眼があったためだと思うのですが、ねらいには「デジタルデータをコピーすることの良さ」も考えることも含まれており、1コマの中で2つのねらいを追うことの難しさを感じました。

もう1点、今回Scratchを使ったプログラミングはこの単元で初めて経験した児童だったということで、プログラミング体験の初期に見られるような「はっちゃけ」があったのが注目すべき点だと思いました。
具体的には、面白い音声をプログラムに組み入れていた児童がいたことに後半で他の児童が気付き、教師もそれを少し面白がるようなそぶりを見せたため次々とその音声の含まれたプログラムを児童が実行して騒がしくなってしまったという状況です。

限られた時間内でCSについてのさまざまな児童の気付きを学びに繋げて深めることの難しさと、プログラミングに出会ったばかりの児童が経験する「はっちゃけ」。
従来の授業では教師によって起こらないように「コントロール」されていたこうした状況が起こることが、むしろCS教育の良さなのではないかと私は考えます。

また、今回の授業で感じたことの一つに「タイピングの速さ」があります。授業の中でフォームに気付きを入力したり、Scratchにコメントを入力する場面がありましたが、非常にスムーズに進んでいました。
これはまさに4年生までの積み重ねで得られたスキルを活かしている場面だったと思います。

年間20時間の授業の中で、そして6年生までのCS教育の学びの過程の中で、また「コピーの良さ」について考えるタイミングがやってくる可能性はきっとあります。4年生の時に感じた「コピーの良さ」と、そこから更に様々な経験を経て感じる「コピーの良さ」とは、気付きが違うでしょう。
何度もプログラミングに取り組む過程でいつか「はっちゃけ」の時期は過ぎ、本来の目的のためにじっくり考えることができる時期もいずれやってきます。

担任の先生が、先を見通しどっしりと構えて児童の気付きを受け止めるには、そのねらいを達成するための時間が継続的に確保されていることが重要です。
しかも、授業の中で児童自身がポートフォリオを蓄積し、それが利用できることを考えると、CS教育を教科として独立させることは、他の教科の学びを深めることにもつながるのではないでしょうか。

今後考えていきたいこと

私自身は、小学校においてCSの観点で独立した教科を設けることに賛成の立場です。しかしながら、自分なりにまだもう少し検討したいことがあります。
その教科の中心に据えるのは「CS」で良いのか?という点です。

「宮城教育大学附属小学校のCS教育の取り組み」の項で前述した東洋経済ONLINEの記事によると、CS教育のベースにはDC教育があるとされています。2021年度の実証研究報告書にあるCS教育の目的の2つ目には「デジタル社会の歩き方を見出す」とあり、この文言にはDC教育とのつながりが感じられます。

CS教育が目指すのはCSに関する能力の獲得ですが、DC教育は「ICTをポジティブに活用する善きデジタル市民」を育成するための教育であり、そこでは非認知スキルを含む幅広い能力の育成を目指しています。この2つをどのような配分で組み合わせたら良いのか、教育の柱に据えるのはどちらが良いのかについて、もう少し検討が必要だと思っています。
またいずれ学術的な考察も含めながら、こちらについての論考をまとめてみたいと思います。

最後に、3年にわたって実証研究を続けてこられた宮城教育大学附属小学校とNPO法人みんなのコードに敬意を表します。いずれこの研究についての論文などの発表もあるのではないかと思いますので、更なる研究成果を期待しています。