ホーム » 教育 » 研究や教育を目的とした石狩データセンター見学の意義と課題

SAKURA Internet Inc.

アーカイブ

研究や教育を目的とした石狩データセンター見学の意義と課題

研究員の朝倉です。

さくらインターネットに異業種(ソフトウェア開発)からの転職で入社し、私がまず覚えた仕事が石狩データセンターの見学案内でした。当時はまだ開所間もない時期だったこともあり、データセンターの選定や商談のための見学会が非常に多く開催され、営業担当の方と共にくたくたになりながら1日3回の見学会をこなした日もあったことを懐かしく思い出します。

その当時からは部署も変わり、東京支社に配属になった時期やコロナ禍もあったためデータセンター見学案内を担当することは一時減っていたのですが、2024年度はこれまでと少し違った流れで見学案内の依頼を受けるようになってきています。5月27日(月)にはこだて未来大学(松原研)の教員と学生、9月18日(水)に清泉女子大学(安藤ゼミ)の教員と学生、10月9日(水)に東北大学大学院(中田研)の学生が石狩データセンターを訪れ、データセンター見学を行いました。また、11月15日(金)にはいしかり市民カレッジ主催講座「北海道バレー構想と石狩~半導体、データセンターそしてIT産業など~」の一環として石狩市民が石狩データセンターを見学しました。

私が担当した2024年度の石狩データセンター見学会を振り返りながら、データセンターの見学が研究や教育にもたらす意義を考察したいと思います。

石狩データセンター見学会の様々な目的

最先端のエンジニア育成に貢献する

はこだて未来大学(松原研)の見学会には学生と教員合わせて8名が参加しました。研究所に在籍する松原研の先輩2名が案内する形で実施され、学生は初めて見るデータセンター設備やラックに収納された機器に大変興味を持っていたようでした。私からは主にデータセンターの運用がどのように行われているのか、これまでにどのような工夫を重ねて現在の形になったのかといったことを説明させていただきました。

大学でコンピュータやデジタル技術を学び研究を行っている学生の皆さんですが、データセンターという設備に入ることだけでなく、サーバやネットワーク機器の実機に触れられる機会は限られているといいます。特に学生の皆さんが普段インターネット越しに利用しているクラウドサービス基盤の実体を見ることや、運用の具体的な業務についての話を聞くことは、エンジニアとして働くイメージを具体的に持つことにつながるでしょう。学生の皆さんが就職を考える時に社会課題を解決するシステムやサービスを開発する仕事以外にも、デジタルインフラを支える最先端のエンジニアという選択肢があることを知ってもらう機会となっています。

生活に密着した課題解決のために

清泉女子大学(安藤ゼミ)の見学会には学生と教員合わせて6名が参加しました。データサイエンスを学び社会課題解決を目指す研究をしていらっしゃるとのことで、将来様々な職種での活躍が期待される方々です。先生からは事前に「AIについての学習や研究をおもに取り扱っているゼミの学生なので、生成AIなども結局はデータセンターのラックで動いていること、GPUが貴重なことを理解させたい。」「職業観としてはどうしてもプログラミング=IT業界というイメージが強いのでさまざまな職種があることを知ってほしい」などのご要望を伺っていました。

見学会では石狩データセンターの脱炭素への取り組み紹介や、GPUサーバのエリアでサーバから発せられる熱を体感いただくことによって社会課題とのつながりをより身近に感じていただく契機になったと思います。また見学後に少し時間を取り、キャリアチェンジを多数経験している私自身のキャリアについてもお話しし、ひとくちに「IT系」と言ってもいろいろな役割や職種の人が協力して働いているということを知っていただきました。「オフィスに(壁掛け)時計がない」「オフィスが日本っぽくない、働きやすそう」「リラックスできそうなスペース」という働く環境に目を向けた感想や、男性育休に対する関心、社員の意見を取り入れながら改善していく運用や設備への関心など、データセンターで「人が働いている」ことの実感を持ち帰っていただけたのではないかと思います。

データセンターとエネルギーの未来を考える

東北大学大学院(中田研)の見学会には学生7名が参加しました。この日はさくらインターネット研究所の中でも石狩データセンターを見たことがないメンバーのための見学会を行っており、互いの研究について紹介しあう研究交流会を併せて開催しています。

研究交流会では「持続可能なエネルギーシステムの統合デザイン」をテーマに研究を行っている東北大の大学院生から「Biomass-to-Xと地域間連携を考慮した木質バイオマスのエネルギーシステムの最適設計」「シングルプライスオークションを採用したマイクログリッドでの参加者の入札戦略の分析」についての発表と、さくらインターネット研究所上級研究員の菊地から「データセンターの分散志向と超個体データセンター研究の紹介」の発表を行って意見交流を行いました。データセンターにとってエネルギーは切っても切り離せない重要な要素であり、特に昨今のGPU需要によってこれまでとは次元の異なる対応を迫られています。また、脱炭素への取り組みも企業としては非常に重要で、エネルギーの分野におけるこのような研究を知ることができ大変有意義でした。

研究交流会の後で学生の皆さんにデータセンター内をご案内しましたが、実際にデータセンターの設備を見る機会はほとんどないということで大変興味深くご覧いただきました。これまでデータセンターを「就職先」としては見たことがなかったが、実際の設備を見たり石狩データセンターの様々な実験的な取り組みを見たりした後で少し見方が変わったと仰ってくださる方もいらっしゃいました。大学院生の皆さんとの交流によって研究の成果を社会実装していくためのフィールドとしても石狩データセンターは重要な場所であるということを改めて実感しました。

地元市民の皆様にデータセンターを知ってもらう

いしかり市民カレッジが主催する講座には約30名のご参加があり、市民からの関心の高さを改めて感じることができました。これまでも何度か市民を対象にした見学会を行ったことはあるのですが、今回のようにテーマの中に位置付けられ、連続した学びの一環として開催されるのは初の試みでした。

データセンターの見学前にはデータセンターの概要説明に加えてAIについての短い講義を行いました。参加者のほとんどがご高齢の方ということもあって、機械学習のデモを行ったり、なるべく身近な例に例えたりしながらわかりやすい説明を心掛けました。

機械学習によるじゃんけんゲームのデモ

データセンター見学は2班に別れて実施しましたが、GPUサーバのエリアでは耳栓が必要になるほどの機械音やサーバの発する熱を体感いただき、AIが普及するにつれてこうした設備が増えそのために電気をたくさん消費するということをご理解いただきました。そして、データセンターで働く人たちが電気、空調、インターネット回線、セキュリティの保たれた建物を維持していくために24時間365日常に稼働し、デジタルインフラを支えていることを知っていただきました。参加者の感想からは「コンピュータ関連がこんなに電気を消費することに驚かされました。」「いしかり市民カレッジに参加してよかった。この設備を見学できたこと、感謝です。」「素晴らしかった。石狩の未来、明るいものがありそう。長生きしなくちゃ。」など、これまであまりよく知らなかったデータセンターの重要性を知り、興味を持っていただけたことが伺えます。

データセンター見学会と研究・教育

石狩データセンターはさくらインターネットが初めて構築した100%自社設備のデータセンターです。それ故にデータセンターの設計・建設から現在に至るまで、試行錯誤を繰り返し様々な研究と共に歩んできました。情報系の分野にとどまらず、エネルギー、空調など様々な分野で研究が行われ、たくさんの知見が生み出されています。また、脱炭素などに関しては社会課題解決の最前線の場所でもあり、これからの研究の余地を残しています。研究者にとって興味深いフィールドと言えるでしょう。

また、社会課題解決の最前線という点において、データセンターは教育の場としても非常に価値の高い場所であると言えると思います。学習指導要領では小学校から高校までの様々な教科で学んだことを社会課題解決に向けたアウトプットにつなげるようにカリキュラムがデザインされています。社会課題を自分ごととして考えるためには、実際にその場所に行って体験することが一番効果が高いということは言うまでもないことだと思います。それ以外にも普段の環境では目に見えない「インターネット」や「AI」の実体を見ることによって、デジタル技術に関する理解を深めることにもつながります。

学校での学びだけでなく社会教育においても同様の意義があり、こうした学びの広がりが新たな文化を作っていく原動力となるのではないでしょうか。

データセンター見学会の課題と展望

データセンターの機密性維持による受け入れの限界

データセンター見学会でまず課題となるのがデータセンターの機密性をどう維持していくのかということです。もともとデータセンターは住所も非公開にしてあり簡単にアクセスができない場所です。関係者以外の見学者が多数訪れることによって、セキュリティが脅かされることのないよう対策をしっかりする必要があります。

入館者には事前申請をしていただき入館時に写真付き公的身分証による本人確認を厳密に行っておりますが、そのプロセスによって入館に時間がかかり、少しでも不備があれば入館をお断りすることになります。それにより見学者の方の快適性が失われるばかりか他の入館者の方のご迷惑になったり、対応する社員の手間が増えたりすることになります。以前広報の記事【石狩データセンター10周年-挑戦の軌跡-】データセンター見学会がもたらす価値とはでもご紹介したようにこれまでも機密性を維持したまま見学者の快適性を高めるための工夫は行われてきましたが、後述するキャパシティの問題もあり見学者の受け入れ数には限界があるという状況に大きな変化はありません。

特に見学者の年齢が下がるに従い本人確認に使用する写真付き公的身分証の準備が難しいケースや、制約条件の理解が難しいケースも増えるため、教育的な意義は感じつつも小中学生の社会見学のような目的での受け入れは困難な現状があります。

見学者を受け入れるキャパシティ(建物・人員)の課題

石狩データセンターは設計段階で自社サービスを運営するクラウド拠点と位置付けられていました。そのため、見学者どころかハウジングサービスのお客様が頻繁に足を運ぶことも最初は想定されていませんでした。車路やエントランスなどはたくさんの車や人が交錯するのに適した構造にはなっていません。建物内部も同様ですので、私自身は自分1人でご案内できる最大数を10名までと見積もっています。

キャパシティの問題は設備や建物に限った話ではなく、見学の案内を行う人員のキャパシティという問題もあります。1回の見学会には準備や後片付けも含めるとベーシックなスタイルでも通常2~3時間を要します。更に見学者のご要望に合わせて説明を追加したり資料を追加作成したりする場合もあるため、対応にはそれなりの時間を割く必要があります。

弊社の場合データセンター見学は基本的に受け入れを決めた部署、受け入れた人が責任を持って実施するというルールがあり、専任スタッフは配置していません。研究や教育を目的とした見学会を受け付ける窓口は設置していないため、社員と何らかの接点がある方が要望して見学会が設定されるというケースがほとんどです。研究や教育を目的とした見学会に意義を感じながらも窓口を開設することが難しいのはこうしたキャパシティの課題があるからなのです。

それでも研究・教育目的での見学を受け入れたい

見学会を研究・教育目的でコンスタントに受け入れていくためには前述の通り解決すべき課題が残されています。データセンターという設備の特性上簡単に解決できることばかりではありませんし、研究所単体で決められることはほとんどありません。それでも、私は研究や教育を目的とした見学会の受け入れを少しでも増やすことを考えていきたいと思っています。

データセンターという設備はすでに暮らしになくてはならないインフラであり、そのインフラによって支えられインターネットは身近なものになりました。しかし、誰もがデジタルを使いこなすことが前提の社会はまだ遠い未来のことだと考えている人は多いのではないでしょうか。行政も学校もそこに向かって少しずつ変化していますが、その変化を知らない人、その変化についていけない人はまだたくさんいるはずです。小学校では電気やガス、水道という生活インフラについては社会科等で学習しますが、データセンターについては教科書で触れられることはありません。また、高校の情報科や中学校の技術科もデータセンターによるデジタルインフラが確立している前提でその上に構築されるソフトウェア技術についての学習が主体であり、データセンターそのものについて詳しく知る機会はほとんどないのです。そうした方にデータセンターを認識(≠認知)してもらうことは、これからの文化を形作る上で重要な意味を持つことだと考えています。

また、誰もがデジタルを使いこなすことが前提の社会のその先を考える研究者の方が、未来を語る場としてふさわしい場所にさくらインターネット石狩データセンターはなり得るのではないかと思います。

まとめ

さくらインターネットの石狩データセンターでは、様々な目的の見学会が開催されています。特に私自身は研究や教育に対する意義を見学会に見い出し、見学に訪れる人にその価値を共有したいと考えています。しかし、現状は研究や教育の目的での見学会をコンスタントにいつでも受け入れられる体制にはありません。

誰もがデータセンターを認識(≠認知)しているという状況を作ることは、これから先の文化を形作る上で重要な意味を持つと考えます。そのために、これからも一つ一つ課題を解決していきながら研究や教育を目的とした見学会の受け入れをできる限り続けていきたいと思います。