AIは教育を変えるのか? ―北欧・日本の教育変革から導かれる「文化・歴史的活動理論」という視点

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2026年4月18日(土)、大阪国際会議場で「AI、教育と文化・歴史的活動理論(以下、CHAT)」に関する国際シンポジウムが開催され、スウェーデン、フィンランド、日本の研究者が集まり、AI時代の教育をどう捉えるべきかが議論された。

本記事は拡張的学習理論及びCHATに関する専門的な知見をもとに構成されている。本記事での議論を含む拡張的学習理論、CHATに興味のある方には、ぜひInternational Society of Cultural-historical Activity Research(ISCAR)への参加を推奨したい。

ISCAR: International Society for Cultural-historical Activity Research – The International Society for Cultural-Historical Activity Research
ISCAR is a scientific association that aims at: Developing multidisciplinary theoretical and empirical research on societal, cultural and historical dimensions of human practices Promoting mutual scientific communication and research cooperation among its members.
https://iscar.org/

シンポジウム概要

International Symposium on AI, Education, and Cultural-Historical Activity Theory

シンポジウムテーマ:

Transforming Education through AI in Schools: International Collaborative Research on Activity-Theoretical Formative Interventions for Fairness and Inclusion

日時:2026年4月18日(土)15:00–18:30

場所:大阪国際会議場 1101会議室、オンライン

使用言語:英語

参加費:無料

主催:2022年度〜2026年度 科学研究費・基盤研究(A)「拡張する学校を創る―変革的エージェンシーの形成へ―」(研究代表者:山住勝広、課題番号:22H00084)

プログラム

Keynote Address

Johan Lundin (University of Gothenburg, Sweden)
AI, school development and school leadership in Swedish municipalities
—acting strategically or dealing with the inevitable

Presentation

Norio Tokumaru (Kansai University, Japan)
Innovation through creative tension: Capitalist logic and social needs in EdTech development in Finland and Japan

Presentation

Erik Winerö (University of Gothenburg, Sweden)
Learning, knowledge, and assessment in the age of generative AI

Presentation

Marie Utterberg Modén (University of Gothenburg, Sweden)
Using provotypes to explore how teachers value AI in education

Presentation

Sofia Serholt (University of Gothenburg, Sweden)
Telepresence robots for remote classroom participation in the Swedish context

Presentation

Katsuhiro Yamazumi (Kansai University, Japan)
Can AI in Japanese elementary schools serve as an instrument for expansive learning and transformative agency? An activity-theoretical case study

Discussant’s Comments

Yrjö Engeström (University of Helsinki, Finland) [online]

スウェーデンの教育における「アナログ回帰」は何を意味するのか

結論から言えば、このシンポジウムは「AIの教育利用の是非」や「AIをどう使うか」という話ではなかった。

むしろ問いはこうだった。

そもそも、教育とは何をする営みなのか?

そしてこの問いこそが、近年注目されている拡張的学習理論(Expansive Learning)や、CHATの核心にある。

まず注目すべきは、スウェーデンの教育をめぐる状況である。最近日本では、スウェーデンの教育が「デジタル教育から紙へ回帰している」という報道が多く見られ、それがデジタル教育の失敗に結び付けられた論調が目立つ。しかし、今回の基調講演でスウェーデンヨーテボリ大学Johan Lundin教授が示したのは、それとは少し異なる風景だった。彼によれば、スウェーデンでは「AI国家戦略の推進」「教育のデジタル化の継続」の一方で「スクリーンタイム削減」の議論が同時に存在している。つまりこれは単純な「デジタル失敗→紙回帰」ではなく、社会全体の矛盾が教育現場に現れている状態だという。

実際、自治体レベルの議論では、AIは単一のものとして理解されているわけではなかった。むしろ議論は、次のような異なる「関心の方向」に分かれていた。

  • 効率化(業務削減)
  • 法制度・安全性
  • データ分析
  • 学習支援
  • 民主主義・AIリテラシー
AI, SCHOOL DEVELOPMENT AND SCHOOL LEADERSHIP IN SWEDISH MUNICIPALITIES
- ACTING STRATEGICALLY OR DEALING WITH THE INEVITABLE(2026, Lundin)

ここで重要なのは、これらはAIの機能分類などではなく、AIをめぐる議論がどこに向かっているか(オリエンテーション)を示している点である。

AI, SCHOOL DEVELOPMENT AND SCHOOL LEADERSHIP IN SWEDISH MUNICIPALITIES
- ACTING STRATEGICALLY OR DEALING WITH THE INEVITABLE(2026, Lundin)

例えば、効率化はAIに業務を担わせる発想である一方、法制度や安全性はAIをどのように制御するかという人間側の課題である。さらに、民主主義やAIリテラシーは、AIそのものではなく、それを取り巻く社会のあり方に関わる問題である。

つまり、AIは単なる技術ではなく、労働・統治・教育・社会を横断する複合的な対象として扱われている。そして実際の議論では、これらの方向は必ずしも統合されることなく、むしろ互いに競合していた。結果として、効率化や安全性が優先され、教育や民主主義に関わる議論は後景に退きがちである。この「議論の分裂」そのものが、AIが教育にもたらしている最も重要な変化の一つなのかもしれない。

フィンランドの「デジタルと紙を対立させない」発想と政治経済学的視点

関西大学徳丸宜穂教授の発表は、この問題をさらに構造的に捉えるものだった。

フィンランドでは、デジタル化は否定されていない。むしろ重要なのは「教育的に意味のある形でデジタルを使う」という原則である。その結果として、ある自治体では数学や外国語では紙教材に戻るがデジタル化自体は継続という判断がなされている。ここで重要なのは、「紙かデジタルか」という二択ではなく、教育的に適切かどうかという基準で選択されている点だ。

さらに興味深いのは、フィンランドでは

  • 教師の裁量が大きい
  • 自治体が調達をコントロール
  • 研究者・学校・企業が連携

という仕組みによって、企業主導ではなく教育者側が技術を選ぶ構造が成立していることである。

Innovation through creative tension: Capitalist logic and social needs in EdTech development in Finland and Japan
(2026, Tokumaru)

さらに興味深いのは、徳丸教授がこの問題を教育学ではなく、政治経済学の視点から捉えている点である。彼の発表の出発点は、「デジタルか紙か」という教育論的な問いではない。むしろ、EdTechという領域を「資本主義の論理(企業の利益追求)と社会的ニーズ(教育)の緊張関係の中にあるもの」として位置づけるところから議論が始まる。この視点に立つと、フィンランドの特徴は単に「デジタルをうまく使っている」ということではなく、市場と教育の関係が一方向ではないことにある。

徳丸教授はこれを、Karl Polanyiの「double movement」概念を用いて「資本主義の論理と社会的論理の“創造的緊張”」として説明する。

Innovation through creative tension: Capitalist logic and social needs in EdTech development in Finland and Japan
(2026, Tokumaru)

ここで重要なのは、この緊張関係が単に対立するのではなく、むしろイノベーションの源泉になっていると捉えられている点である。したがって、フィンランドにおける「紙への回帰」も、デジタル化の否定ではなく、

  • 教育の論理が市場の論理に対してブレーキをかける動き
  • あるいは両者のバランスを取り直す過程

として理解されるべきものになる。

このように見ると、「デジタルか紙か」という二項対立そのものが問題なのではなく、どのような社会的力関係の中で技術が選ばれているのかが問われていることがわかる。

実証的研究から見えるAIの影響

今回のシンポジウムでは、AIと教育の関係を理論的・制度的に捉える議論と並行して、より現場に近いレベルでの実証的研究も報告された。

視点① 評価をめぐる制度の問題

Winerö氏は、生成AIの普及が評価の仕組みそのものを揺るがしていることを指摘する。従来の学校教育では、学習の成果物(レポートや作文など)が学習の達成度を測る基準となってきた。しかし生成AIによって、成果物が必ずしも学習者自身の理解を反映しなくなる。スライドでも、AI導入後には「学習」と「成果物(Product)」の関係が切り離され、従来の評価が成立しにくくなる構造が示されていた。

視点② 設計に埋め込まれる価値観の問題

Modén氏は、AIをどのように設計するかという観点から、教師の関与の重要性を論じた。AIは中立的な道具ではなく、その設計には特定の価値観が埋め込まれる。にもかかわらず、現状では教育的価値、特に公平性や多様性といった観点が十分に反映されていない。そこで彼女は、教師がAI設計に参加し、その中にある矛盾(例えば「個別最適化」と「共同学習」の対立)を明示化する方法として「provotypes」という手法を提示した。これは、AIをより良くするための設計手法であると同時に、教育そのものを問い直すプロセスでもある。

視点③ 参加と社会関係の問題

Serholt氏は、遠隔参加ロボット(AV1)を事例に、AIが学習環境における参加やアイデンティティのあり方をどのように変えるかを検討した。このロボットは、病気や不登校の子どもが遠隔で授業に参加するための装置であり、スウェーデンではすでに多くの自治体で利用されている。 しかし彼女の関心は技術の有効性そのものではなく、それによって

  • 子どもの「参加」はどのように変わるのか
  • 人間としての関係性は維持されるのか
  • 本当に学校への復帰につながるのか

といった問いに向けられている。

これら3つの発表に共通しているのは、AIを単なる「便利なツール」としてではなく、教育実践の具体的な構造を変える存在として捉えている点である。そして興味深いのは、それぞれが扱うテーマ――評価、設計、参加――が、いずれも教育の中核に関わる領域であるにもかかわらず、それらが現在のAI導入の議論ではしばしば周縁化されていることである。

この意味でこれらの研究は、シンポジウム全体の理論的議論を補完しつつ、AIが現場にもたらしている変化を具体的に可視化する役割を果たしていたと言えるだろう。

AIは「活動」を変革する道具となり得るか?

ここまでの発表を受けて山住教授の発表で強調されていたのは、AIを活動システムの中にどのように位置づけるかという点である。文化・歴史的活動理論において、AIはあくまで「道具(instrument)」として理解される。実際、彼の分析でもAIは活動システムの中で主体と対象を媒介する存在として位置づけられている。しかしここで重要なのは、CHATにおける「道具」は単なる補助的な手段ではないということである。道具が変わると、それを用いた活動のあり方そのものが変化するということである。

山住教授は研究協力先である大阪教育大学付属天王寺小学校へのチェンジラボラトリーによる介入研究により、小学生が利用するAIの役割を「知識の提供者」ではなく「探究を促す媒介」として再定義する試みであると位置づけた。天王寺小学校では学習用として単に質問者の指示により答えを出すツールではなく、あえて答えを出さず視点や問いを提示するように設計された生成AIを利用している。

Can AI in Japanese elementary schools serve as an instrument for expansive learning and transformative agency? An activity-theoretical case study(2026, Yamazumi)

実際、AIの導入によって変わるのは単なる作業の効率ではない。例えば、

  • 学習の目的(答えを出すことから問いを探究することへ)
  • 子どもとAIの役割分担
  • 授業のルールや進め方

といった、活動の基本的な構造が変わり始めている。具体的には、授業で用いられた生成AI(tomoLinks)は、

  • 直接答えを出さない
  • 代わりに複数の視点を提示する
  • 調べるための方向や問いを示す

といった形で応答するように設計されていた。

例えば、生徒がある歴史的事象について質問した場合、AIはその答えを説明するのではなく、「どの立場から考えるか」「どのような資料を参照すべきか」といった形で思考の方向性を示す。つまり、答えを提示するのではなく、探究のプロセスそのものを支援する役割を担っている。さらに教師自身も、このAIを「学習をナビゲートする存在」として捉えており、AIの役割は知識の提供ではなく、探究を支える媒介として再定義されている。

Can AI in Japanese elementary schools serve as an instrument for expansive learning and transformative agency? An activity-theoretical case study(2026, Yamazumi)

さらに重要なのは、このようなAIの使い方によって、学習の目的そのものが変化している点である。従来の授業では、正しい答えに到達することが中心的な目標であったが、この実践では、問いを立て、視点を広げ、調べるプロセスそのものが学習の中心に据えられている。

山住教授はこの変化を、単なるツールの違いではなく、活動システムの再構成として捉えている。AIは「知識の提供者」としてではなく、「探究を促す媒介」として再設計されることで、学習の対象(object)そのものを「正解の獲得」から「問いの探究」へと転換させているのである。

Can AI in Japanese elementary schools serve as an instrument for expansive learning and transformative agency? An activity-theoretical case study(2026, Yamazumi)

このように見ると、AIは確かに「道具」であるが、その影響は道具にとどまらない。AIは拡張的学習、変革的エージェンシーのための手段となり得る。AIが活動の一部として組み込まれることで、活動そのものを再構成する存在になる。

学校は何を教えるのか

そして最後に、討論者のYrjö Engeström(フィンランド)が、最も根本的な問いを提示した。彼の指摘はシンプルだが重い。

学校教育の対象とは何か

学校は通常公式の教科書を学校教育の対象、あるいは疑似的な対象として扱い、生徒は公式の知識内容を獲得し、内面化し、再現する。これが伝統的な学校教育の組織化の仕方である。また、それは試験によって完結し、評価につながる。これは、学校の教科書が世界を理解するための手段ではなく、それ自体が目的化していることを意味する。この構造が変わらない限り、デジタル化してもAIを導入しても本質的な問題は解決しない。

学校はAIの登場によって生徒がアクセスできる教科書以外の知識や情報の源と競争しなければならなくなっている。AIやインターネット、ソーシャルメディアが与える情報や知識、娯楽が学習者の生活においてますます強力な存在感を示しているという事実によって緊張関係を悪化させている。

そして彼は、次のような問いを投げかける。

  • AIは現実世界を対象とする学びを可能にするのか
  • それとも既存の教育を補強するだけなのか

まとめ

本シンポジウムで特に印象的だったのは、AIをめぐる議論が単一の専門領域に収まるものではなく、教育、情報技術、経済、社会、さらには価値や民主主義といった多様な視点が交差する問題として立ち現れていたことである。こうした状況において重要になるのは、それぞれの分野を分断したまま扱うのではなく、相互の関係性(そこにある矛盾)の中で捉え直す枠組みである。Engeström教授が指摘するように、学校教育はしばしば「世界」ではなく「教科書」を対象としてきたが、AIの登場はこの前提そのものを問い直す契機となっている。

CHATは異なる立場や実践を結びつけ、学習の対象(object)を再定義しながら学校という活動システム全体を変革していくための理論的基盤となり得る。AIは単なる技術ではなく、こうした横断的対話と再設計を促す媒介であり、ISCARはその国際的な議論を牽引する中心的な場として、今後ますます重要な役割を担うだろう。

また、ISCARでは日本も参加する東アジア地域部会が新たにスタートすることが予定されている。拡張的学習理論やCHATを深く学び、日本の教育を幅広い視点から問い直していく機会として、ぜひ様々な領域の研究者や実践者に参画いただきたい。

入会についての問い合わせは朝倉(m-asakura [at] sakura.ad.jp)まで。

著者

朝倉 恵
朝倉 恵
研究員

関西大学大学院文学研究科博士後期課程在籍、日本教育学会、日本教育方法学会、日本教師教育学会、日本カリキュラム学会、日本臨床教育学会、情報処理学会会員、石狩市教育委員、NPO法人こども・コムステーション・いしかり理事。

通算13年の幼児教育(幼稚園教諭・保育士)経験を経て、2004年から未経験・独学でITの世界に飛び込みWebデザイナー、プログラマ、サーバ管理などの業務を広く浅く経験する。

2012年さくらインターネット入社。石狩データセンターの運用業務に4年ほど携わった後、幼児教育とエンジニア両面の経験を生かすべく「さくらの学校支援プロジェクト」を立ち上げ、小学校でのプログラミング教育実施の足掛かりを業界団体(SAJ)や自治体教育委員会と連携して構築した。この業績が認められ、令和3年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(理解増進部門)を受賞。

教員の変革的エージェンシーによる学校改革を目的とし、教育とICT、社会の課題を活動システムによって分析、介入研究を主体とする拡張的学習理論、文化・歴史的活動理論研究を行っている。