さくらインターネット研究所の坪内(@yuuk1t)です。
2024年8月に東京で開催されたSRE NEXT 2024 IN TOKYOにて、私の講演「工学としてのSRE再訪」がベストスピーカー賞を受賞しました。投票してくださった皆さま、そして講演をお聴きいただいた皆さまに、この場を借りて感謝します。受賞のお知らせをいただいてから幾分の時間が経ってしまいましたが、その間に講演動画も公開されましたので、本研究所ブログでも紹介します。
各種資料
講演動画
講演動画がYoutubeに公開されています。SRE NEXTは講演ごとに非常にかっこいい導入ムービーが流れるのでつい観てしまいますね。
講演スライド
登壇後記
個人ブログにて登壇直後に振り返りを書いています。
講演の内容紹介
本講演は、SREが”Engineering”の学術的側面である「工学」として成熟してきた点に着目し、その可能性を探ろうとするものでした。SRE分野には、工学的に解けるはずのオープンチャレンジがまだまだ残されています。そのため、これらの課題をコミュニティとして議論していく土台を作りたいと考え、この講演を企図しました。講演は、大きく4つの章立てで構成しました。
1. 技芸と工学
まず技芸と工学を対比させることから始めました。特に重要なことは、工学の特徴を整理したスライドです。これは実際に前職はてなでの最後に論文を書きながら考え、さくらインターネット研究所に入所した最初のころに考えていた構造です。工学としては、各要素が「客観的」であることが重要です。これは定量的・定性的な指標であったり、数学・統計学・自然科学の法則、各種論文に基づいていることを意味します。
2. 歴史から学ぶSREの発展
システム管理の工学化への精神が垣間見れる歴史的文献として、「ウェブオペレーション」における技芸と科学の対比、SRE本でのMark Burgessによる序文、ソフトウェア信頼性工学の振り返り論文などを紹介しました。特にUSENIX LISAの35年の振り返り記事は、かつてシステム管理には研究的なことも科学的なこともおもしろいことも何もないと言われていた状況から、現在に至る発展を示す興味深い資料となっています。
3. 未解決の課題への挑戦
工学的思考でアプローチできそうな6つのオープンチャレンジを提示しました。身近な課題として「オオカミ少年アラート問題」「トレースデータの低活用問題」「インシデント対応改善の困難さ」を、また根本への問いとして「SLOの多面的活用可能性」「インシデント対応のソフトウェア化」「SLOからのシステムアーキテクチャ導出」を取り上げました。
4. 学術的視点からの新たな可能性
講演の中で最も力を入れた部分は、SREconの過去プログラムを分析し、学術的背景を持つ発表を体系化した章です。Gray Failureなどの障害パターン研究、レジリエンス工学、システム工学、認知心理学、人類学など、多様な学術分野とSREの接点を探りました。
これらの分析から得られた示唆として、Human-Computer EngineeringあるいはSociotechnologyとしてのSREの発展可能性を提示しました。特に重要なのは、「信頼性を適切な値に制御可能とする」という考え方です。これは、モニタリング・オブザーバビリティ、インシデント対応、段階的な変更管理などのプラクティスを通じて、本来制御困難な信頼性を、あたかも調整可能なパラメータであるかのように扱えるようにする試みを指します。
おわりに
この講演では、SREの工学的側面を深く掘り下げることで、分野の更なる発展への道筋を示すことができたと考えています。実務と学術の架け橋となる視点を提供できたことが、ベストスピーカー賞受賞につながったのではないかと思います。また、このように分野を概観する話は、広い層に関心を持ってもらいやすいという側面もあったのではないかと思います。
このような分野概観の話はともすれば主観的でメタな話に終始しやすく、それはそれでおもしろいと思いますが、人によっては物足りなくなることを危惧しました。そこで、論文やUSENIX SREconなどの文献や講演を多数引用し、客観性をもたせた上に、第三部でSREsにとって具体的で身近な問題意識とその解決の糸口を取り上げました。
講演スライドには多数の参考文献を含めており、各トピックをさらに深く掘り下げることができるよう構成しています。また、講演では触れられなかった付録スライド1も用意しました。アラン・ケイ、ノーバート・ウィーナー、村上陽一郎、経営理論、そして葬送のフリーレンまで幅広い参考文献を紹介しています。SREに関わる様々な立場の方に、何らかの知識や気付きを持ち帰っていただけるような講演になったのではないかと思っています。
アンケートや参加者の方々のブログなどで、Beyond Next2を感じさせる、知的好奇心を刺激される、業務や自力ではおおよそ到達できないアカデミックな視点からのワクワク、抽象すぎる話に終始しておらず、論理的な展開やツールの具体的な話があり、バランスがよかった、といったうれしいコメントを多数いただきました。
改めまして、講演に参加いただいた皆様、そしてアンケートに投票をいただいた皆様に心より感謝します。
- https://speakerdeck.com/yuukit/revisiting-sre-as-engineering?slide=52 ↩︎
- 「Beyond Next」はSRE NEXT 2024のテーマ。 ↩︎